誉め言葉と白い洋服


とても気持ちのいいお天気が多い今日この頃。
新緑の季節です。

着る物も爽やかになってきました。

月曜日、ふんわりとした白いブラウスを着て職場に行ったところ
「白がよく似合うね~」って一回り程若い女性に褒められました。
火曜日、ホットヨガのレッスンを終えた後、
「お肌つやつやですね~」って二回りほど若い女子に褒められました。
水曜、ふんわりとした白いスカートを履いて職場に行ったら、
そのスカート、可愛い~って二人の女性に褒められました。

もう、何だか嬉しい(*^^*)

もちろん、解っているんです。ある程度、会話の糸口の社交辞令だということ。
それでも、やっぱり誉め言葉って嬉しいですね。

白、最近ワードローブに増えてきました。
若い頃は、くすんだ色を着ても似合ったような気がします。
白は汚れやすいから、ベージュにしとこう~という感じで洋服を選んだりしました。
でも、最近では、くすんだ肌を明るくしてくれる白がとても必要なのです。
例えば、水曜日のスタイルは白のひざ下丈のふんわりスカート。(ユニクロ)
白×黒のボーダーの少しハイネックのカットソー。(ユニクロ)
赤の麻のカーディガン。
白をベースに、明るい色(赤、黄色、オレンジ、ピンク)を合わせるのが
最近のお気に入りです。
先日の、アーユルヴェーダ診断によると、ヴァータ体質の人は、黄色、オレンジなどの暖色系を身につけるとよいようなので、これから意識してみます。

「フランス人は10着しか服をもたない」などを読むと、少ない数の洋服を大切にお手入れしながら着よう!と思うのですが、やっぱり季節が代わると新しいものが着たくなります。
白い洋服はとにかく汚れが目立つので、洗濯出来るものを選びます。
繰り返し洗濯して、ダメになったら潔く捨てられる価格のものが特に夏場はいいのかもしれないと考えています。

世の中の多くの女性と同じく、洋服に費やしてきたお金はけっこうなものになるのでしょう。失敗も数知れず…

タイトルに惹かれて手に取った一冊です。



お父上はかの有名な森鴎外氏。
父親の愛情を一身に受けて、育った彼女のお洒落に対するこだわりは人一倍だと感じました。
作家や芸能人が身近にいる、裕福な環境で、一流のものを目にする機会も多かったのでしょう。
時には辛らつに世の女性のファッションをチェックしています。
若い頃(大正時代)、1年間ほど過ごした巴里の様子に、とても惹かれました。

~私の巴里での洋服は、既製品を自分に合うようにして直して貰うのだった(今流行って来たイージー・オーダアである)が、既製品でも巴里のは仕立てがよかった。
肩の辺りが特によかったが、全体にどことなく、いうにいわれないところが、あった。
気に入ったのを選んで、身体に合せて直すために帷(とばり)のようなものの中に入って、洋服を脱ぎ、それを着ると、柔(やさ)しい雰囲気を持った若い売子が、私の胸の辺りに髪を触れるようにしたり、足元に膝をついたりしながら、口に含んだ細い針を次々と手に取っては、洋服を軽く撮(つま)み上げ、身体の線と付かず離れずの、微妙なところに針を打っにて行くのである。
私はそうやっている時、かならず素晴らしく出来上がることを固く信じ、母の胸に抱かれた子供のような、安心な気分に浸っていたのである。
巴里の人々は、町であう人も、本屋の番頭も、通りがかりに微笑う労働者、珈琲店のギャルソン、髪結い、洋服の寸法を計ってくれる女、どれもが私に、不思議な安らぎを、与えた。
人生の旅人としてお互いを見る、一種のやさしいみとめあいのようなものが巴里にはあって、人と人との触れ合いに、どこかに寂しさを含んだ楽しさが、あった。
大陸の上にある国の人間は大体そうで、妙な敵対意識や神経質がないようである。~


2か月前のパリの様子を思い出しながら、うん、うんと頷きながら読み返していました。
「人生の旅人としてお互いを見る、一種のやさしいみとめあい」
いまの巴里にもあると思います。
そんなパリに、また行きたくなってしまいました(^^;



にほんブログ村 ライフスタイルブログ ささやかな暮らしへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

家計のやりくりと貴族の会話

なかなか貯められない体質の私。
これもまた、アーユルヴェーダのヴァータ体質の一つの特徴のようです。
50歳まであと少しと迫った年齢を考えても、やはり将来に備えて貯蓄をしたいところです…
家計簿もなかなか続かず、
とりあえず、一週間の収支をつけてみたところ
食費・雑費 41,007円
被服費 14,740円
理美容費 10,900円
合計 66,647円
となりました。
食費の中に、エビスビール1ケース(5000円弱)ワイン7本(7,480円)
宅配のお寿司(4,850円)が含まれていて、少し高めです。
被服費は、冬物のクリーニング15点(12,960)円を宅配でお願いしたものと、
ヨガのウエア代(1,780円)。
理美容費は、化粧水(5,400円)美容院(5,500円)です。

目標の貯蓄額を達成するためには週平均5万円に収めたいのですが、
見事にオーバーしています(;’∀’)
ただ、日々の支出を把握することが出来たことは良かったと思っています。
来週はちょっと引き締めていこうと思います。

こんな、家計のやりくりなどとは無縁の英国の貴族の暮らしをベースにしたドラマに暫くはまっています。



由緒正しい家柄の貴族の家庭ですが、時代の移り変わりとともに変化を余儀なくされます。
そこで働く従者、下僕、料理人などの生活なども描かれていて、
家族愛、別れ、恋愛、嫉妬、犯罪、様々な立場に居る人たちの生き方を
英語を聞きながら、興味深く観ています。

貴族の会話の中で、とても感心するのが上品なジョークと、感情をむき出しにせずに
上手に皮肉を言ったりするところ。
不本意な出来事に遭遇したとき、すぐにムキになって反論しようとする自分を
ちょっと反省してしまいます。
このドラマに出てくる人たちのようにウィットに富んだ会話が出来ると素敵だな~
その為には、もっと様々な分野の本を読んで知識、見聞を広げて
その上で落ち着いた精神状態を保てるように、そんな風になりたいなと思っています。

眠る前の瞑想の時間

暫く離れていた瞑想。
最近また眠る前に時間を設けるようになりました。
以前(2016.12.31)ご紹介した「瞑想入門」についていたCDの綿本彰さんの声のガイドに導かれながら座るひと時。17~8分くらいでしょうか。
その後、仰向けになり、MEISOONというアプリの「マインドフルネス瞑想」か「おやすみ前の瞑想」をその日の気分で聴きながら目を閉じます(10分くらい)。
この瞑想の静かな一人の時間はとても心を落ち着かせてくれます。
いつか、本当に一人きりで生活するようになったときも、じたばたせずに、こんな風に穏やかな気持ちで過ごしながら最期の時を迎えられるように・・・
心の訓練だと思ってこれからも続けたいと思います。

時々手に取るこの方の本。

晩年は、信州の山里で独居されていた加島さん。
高名な先生、有名な作家さんなので、独居といっても一庶民の独居とはまた違うのかもしれませんが…
こちらの一冊は子供向けに書かれたものをして大人用に再編集したようです。
読み終えて「あぁ、子供のころ、この本に出会っていれば、私の人生は違うものになっていたのかもしれないな~」と感じました。
けれども、今ではそうではないのかも、と思っています。
子供の頃には、この本に書かれたことを受け入れる状態になっていなかったのかもしれません。
いくつかの素晴らしい本や言葉にきっと触れてきたはずなのでしょうが、
あまりにも未熟で身勝手な自分にはそんなものを受け入れる器がなかったのでしょう。
思い通りにならない人生に、それでもつまずいて解らずに、またつまずいて、苦しんで、
ようやく、あれれ、私何か違ってた?と少しずつ道のようなものが見えてくる。
見えてきた今は、自分自身を律することの難しさに悪戦苦闘している…

加島さんは、ご自分で書かれているようにのびのびと過ごした少年時代、というめぐまれた環境もあったかもしれませんが、やはり早くから高い次元にいらっしゃったのでしょう。
そんな方が、ご自分の培った思想を上手に文章にしてくれて、
それを読む私を時には優しく包み、時には目覚めさせ、時には導いてくれます。

~木とは地上の幹や枝や葉だけではなく、目に見えない根を含めての全体だ。
それが1本の木なのだ。
天から光や水や空気を取り入れ、栄養に換えて成長していく。
指先でつまめるほどの小さなどんぐりのなかに、二百年も三百年も生きて、大きく大きく成長していく可能性が隠されている。
じつにすごいことだ。
人間だって同じだよ。
人間にはどんぐり以上の、もっと複雑な生命の働きがある。
それが、どういう仕組みになっているのか、いまだにわからないことが多い。
私たち自身だって、呼吸しようとか、心臓を動かさなくちゃ、と思わなくたって、
自然に生きていけるだろう?
これは、命そのものが持っているエネルギーのおかげなのだ。
老子が言った命というのは、知恵とエネルギーでいっぱいの、大きな働きのことだ。
どんぐりから人間まで、すべての命の源になっている神秘的な大きなもの。
私たち人間が手を加える以前から働いている宇宙エネルギーだ。
 そして老子は、こういうふうに言う―私たちはみんな、とっても大きなものにつながっているのだ、ときにはその力を信じて、流れにまかせていればいいんだよ、と。
 老子の言う通り、私たちは、命のことをもっと信頼すればいいと思う。
だって、自然を見回しても、自分のことを思っても、命の働きは、人間の知恵など比べものにならないほどすごいからね。
しかし、それにしても二千五百年も前の老子が、こんなにスケールの大きなことを考えていたなんて、私は今でも驚いてしまうんだ。~


何だか大らかな気持ちになってきます。
神秘的な大きな力につながっている自分の命。
それを信頼してときには流れに任せればいい…
大きなものに包まれている安心感を、いつもどこかで意識しながら生きて行きたいと
そう思いながら、PCを閉じ、瞑想の時間へ入ろうと思います~

風のように 星のように

最近、週に2~3回の、ホットヨガスタジオでのレッスンに加え、
自宅でも毎日ヨガのポーズをとる時間を設けるようになりました。
夕食と片付けを終え、21時ごろまではワインを飲みながら、PCへ向かったり読書したりリラックスタイム。
21時ごろからは、お茶を飲みながらヨガの根本経典と仰がれている「ヨガ・スートラ」をしばらく読みます。
その後、ヨガのポーズをとり瞑想の時間をとっています。

前回のブログでお伝えした我が家のギクシャクが、夕食後の時間をこうやって見直すきっかけになりました。
起こったことは良くなかったけれども、もしかしたら慣れ切って少したるんでいる日常生活の衿を正しなさい
という何かの導きだったのかもしれません。

ヨガと共に興味があるのが「アーユルヴェーダ」
アーユルヴェーダでは、医学の1つなのだそうです。
身体と心の状態を把握して、それに応じた食生活、ヨガ、マッサージなど
時には有資格者の施術を受けたりしながら、心身を整えていくものです。
身体を支えるエネルギーとして、ヴァータ(風)ピッタ(火)カパ(水)の3つがあり
自分が今どの状態に傾いているかをまず把握します。

本やインターネットで診断してみると、私はヴァータ体質のようです。
冷たくて乾いた風がひとところに落ち着かず動き続けている。
ヴァータは程よい状態のときは、機敏で活発で敏捷なのだそうですが
増えすぎると、肌の乾燥、便秘、ガスがたまる、頭痛腰痛、不眠、不安感、緊張…
そんな症状が出るらしいです。
当てはまることばっかりなので、なるべくそれを改善する生活を心がけようと
改めて感じています。
まず、コーヒーやお茶が大好きなのですが、カフェインはヴァータを増大させるので、なるべくノンカフェインへ。
昨日飲んだものを振り返ってみると…

・朝起きて白湯
・朝食時に緑茶(カフェインですね)
・職場に着いて、ミントティ(ティバッグのもの)
・10時ごろにコーヒー(カフェインです)
・12時ごろ野菜と果汁のジュース
・昼食時(13時)はミントティ
・3時ごろもミントティ(もう出がらしで薄くなっています)
・帰宅後5時過ぎにミルクティ(カフェイン)
・夕食時にビール350ml缶を半分
・夕食後に白ワイン1杯。赤ワイン2杯
・21時ごろにモリンガ茶。

実家に帰ると母に「茶飲みばあさん」といわれるほど、お茶好きな私。
けっこう飲んでますね(;’∀’)

コーヒーに関しては多いときは、朝8時頃、10時頃、午後3時頃、5時半頃と4回飲んでいました。
まったく飲まないのは寂しいので、1日1回にしようと思います。
ミントティは成城石井で見かけたティバック式のもの。
ミルクティはAHMAD TEAのイングリッシュブレックファーストというものが定番です。
濃い目に出して、マグカップに3分の1ほどの温めた牛乳の上に注いで飲みます。
そして、お酒!
冷えたビールとか炭酸飲料は良くないらしいのですが、これも缶ビール半分ということで_(._.)_
アルコールもヨーガ道を究めるものにとっては摂取してはいけないものです(-_-;)
ただ、1日の終わりにワインを飲みながらゆったりと過ごす時間が今の私にとって
やめられないものの1つ。
お酒との付き合い方も段々変わってきて、外で賑やかに夜中まで飲んではしゃいで、
ということは最近なくなりました。
というかそういう飲み方を望まなくなりました。
もしかしたら今後、家で飲む量も減っていつかアルコールを欲しなくなる日が来るかもしれません。

食事に関しては、温かいもの、が良いようです。
生野菜より温野菜。毎食事温かい汁物を取る。
こんなゆるゆる~な感じですが、不調と向き合いながら調整していきたいと思います。

あとヴァータ体質の人は旅好きな人が多いようです。
私もやっぱり旅好き。
旅もそうだけれど、住む場所も、清潔で安全で適温であれば、とくに場所はこだわらなかったりします。
ただ、経済的にも精神的にも自立できていないので、一人きりの生活は未だ経験したことがありません。

こちらの本に登場する女性たちは、決して恵まれた環境とはいえない場所で、
それに不満ももらさずに、淡々と黙々と自立して生きています。
そんなところに惹かれながら読み終えました。



「逃げてきました」という章がとても印象に残っています。
不安定な生活から、安定した家庭をつくるチャンスに恵まれたにもかかわらず、
そこを去ってしまう女性。
母親同様、その行動はきっと多くの人の非難を浴びるものだと思います。
だけど、そうしないと生きていけない何か、がその人の中にある。

読み終えて、しばらく考えていました。
いい家庭、いい両親、ダメな母親、無責任な父親…
それらの尺度っていったい何なんだろう。
先日読んだ「サピエンス全史」の影響かもしれませんが、
私たちを生物の中の一種類と考えると、様々な性質をもっていて当然なのだと思います。
智慧を持ち「こうあらねばならない」道を目指すことは大切だと思うし
考えることを放棄して、欲望の赴くままだとか、怠惰に生きることには歯止めは必要だとも思います。
ただ、もともと備わっている性質を、多くの人の尺度で否定したり疎外したり、それはいかがなものだろう、と考えます。
あ、だけど生物の一種だと考えると、群れからはぐれた動物がひっそりと息を引き取っていくようなことも、ありえるのですね。
考えれば考えるほど答えが遠くなっていくようです。

話を小説に戻して…
桜木紫乃さんの小説に登場する女性たちは、まさに「星々たち」のよう。
小説の最後のほうにある一節です
~昨日より、呼吸が楽になっていた。
自分もまたちいさな星のひとつ―。~

世の中に上手く馴染めていない自分の弱さや不器用さに泣きたくなるようなとき、
ふっと思い浮かべたいと思いました。

刺激と気づき

肌触りのいい洋服が好きです。
特に年中着るキャミソールは、なるべくコットンのものを選んでいました。
歳と共に弾力を失う肌(;’∀’)のせいでしょうか、
両脇の縫い目や洗濯のタグがチクチクと気になりだした頃、
とても着心地の良いものに出会いました(^.^)


柔らかい天然素材でびよーんと伸びて、上半身を優しく包んでくれます。
背の高い私(170cm)でもヒップ下くらいまでの丈になります。
縫い目もなく、タグもいちばん下にちょこっとついているだけです。

優しい着心地のキャミソールのおかげで毎日快適です。

そんな心地よさとは反対に、我が家がギクシャクしています。
昨春、夫がメインの仕事を投資にすると宣言(相談ではなかったです)してからというもの
夫婦の会話が必ずそちらに持っていかれます。
我が家を支える大黒柱の彼が苦戦しているのは分かるんです。
でも、毎日その話をされるとさすがにしんどい(-_-;)
しかも、いい話ではなく、難しい、損した、危ない、等々…
先日も、大きな損を処理しなければいけないことを何度も言うので
それ(投資でやっていくこと)を選んだのは自分だよね…と言ったら
「何言ってるか解りません!」とキツく言葉を返されました。
弁が立つ彼。口論になったら、こちらの傷が増えて、しかも「怒らせたのはそっちだ」という方向になってしまうことが何度かあったので、説明も反論もしませんでした。
何年か前「一生傷つけることはしないよ…」と言った優しい人は何処へ。
全てのものは移ろいゆくものなのですね。

刺激は要らない…
平穏な毎日が過ごしたいです。

…とここまで、ちょっとお目汚しのような文章を連ねた後気づきました…

いいえ、ここへ来るまでに傷つけ、結果的に裏切ってしまった人たちへの
責任を忘れることなく、自分ではなくてその人たちの平穏と幸せを願い、
自らを律しつつ、心を磨いていかなくてはいけない…

~心もやはり、洗われて、絞られて、放り上げられて、乾かされて、アイロンをあてられねばならない。
誰かがわれわれを苦しめても、それはわれわれを憎んでいるからではなく、我々自身の浄化を助けてくれているのだと考えよ。
〈インテグラル・ヨガ(2014.5.7のブログでご紹介した本です)より〉~